これからの時代を担う病院薬剤師の挑戦
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- 1月7日
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更新日:3月26日
特集
未来の社会や地域を見据え、多様な場や人をつなぎ活躍する薬剤師 ―患者さんの思いを反映した薬物療法の展開―
倉敷中央病院 鶏内遥さん
医療のデジタル化が進む中、薬剤師の仕事の在り方が問われています。倉敷中央病院薬剤部の鶏内遥さんは、“患者さんの治療や家族に対する思いを聞き取ったうえで、最良の薬物療法を提供できるのが薬剤師だ”と言います。一方、近年、病院内で完結する医療から、入院前・退院後にも地域の医療従事者が連携し、患者さんを総合的・継続的、そして全人的に支える医療への変革が求められています。変革に向けて病院で働く薬剤師が果すべき役割とはなんでしょうか。高度急性期病院※1の倉敷中央病院は、地域の薬局との情報共有において、より綿密な連携を始めています。鶏内さんに病院薬剤師の仕事や役割についてお聞きしました。



医療のデジタル化と病院薬剤師のこれから
――医療デジタル化時代の薬剤師の役割について、どのように考えていますか。
AIが登場し、デジタル化が進んだことで、薬の取りそろえ、併用禁忌薬剤のチェック、体重に応じた適正な薬剤の用量の確認などはすでにプログラムで行うことが可能です。病院薬剤師がこれらの業務に関わる時間は少なくなっていくでしょう。
しかし、患者さんから薬、病気に対する思いや、家族や生活などの背景を聞き取ったうえで治療の必要性を理解してもらうためのその患者さんにとっての最良の伝え方を模索する必要があります。また処方提案をするためにはコミュニケーション能力やそれによって生まれる人と人との関係性が大切です。人との関係性を深め、患者さんにとっての最適な薬物治療につなげることは、AIが担うことができない薬剤師の役割だと思います。例えば、患者さんの「たくさんの薬剤を飲むことがしんどい」という思いをキャッチするためには、コミュニケーションによって信頼関係をつくっておく必要があります。
すでに「この疾患の患者さんには、どの薬を使ったらいいか」と尋ねれば、複数の選択肢を提示してくれるシステムがあります。選択肢から特定の患者さんに適切な薬を選ぶには、患者さんご自身が「こうしたい」という思いが判断の基準になります。私たち薬剤師には、その患者さんの思いや考えを引き出す役割も求められます。
いま病棟では医師や看護師に混ざって多くの薬剤師が活躍しており、薬剤師は欠かせない存在になっています。しかしこの情景は、以前は当たり前ではありませんでした。先輩たちが、長い時間をかけて確立してきたものです。初めは薬局の中にいた薬剤師が、病棟へ出てゆき、今では救命救急センターを含めたあらゆる場所で活躍しています。カンファレンスにも参加して意見を言い、手術室や化学療法センター※2の中でも他職種と協働しています。薬剤師が活躍する場所を切り開いてきた先輩たちのこれまでの努力に感謝しつつ、これを次世代にも発展させるために生き生きと仕事をしていかなければならないと思っています。
患者さんの状態を把握して医師に処方提案
――病棟では薬剤師はどのような仕事をしているのですか?
病棟で働く薬剤師は、医師や看護師といった他職種と連携を図りながら、受け持ち患者さんに対して、入院から退院まで質の高い薬物療法を提供することを目指しています。患者さんが入院された際には、今までに使用していた薬の確認や副作用歴、アレルギー歴などの基本情報を収集し、その内容について医師とディスカッションして使用の継続について検討します。また、入院中は、内服薬、外用薬、注射薬などの使用状況を把握するとともに、薬の効果や副作用については、患者さんから直接話を聞いたり、検査データを分析したりしています。その情報をもとに医師へ処方提案することもあります。時には患者さんのちょっとした言葉もヒントになりますね。また、日々、患者さんと接している看護師とも話し、細かな情報を収集してその患者さんにとって的確な薬物療法が提供できるように心がけています。
――病棟業務の中で注力されていることはありますか?
複数の疾患に対して多くの薬が処方されていた場合、副作用が発現しやすくなったり、飲み合わせにより身体に負担がかかることがあります。あるいは症状がなくなっているにもかかわらず服用し続けてしまっていることもあります。この状態をポリファーマシーと呼び、これを改善するために、当院では「介入のためのアセスメントフロー」をつくっています。このフローを使うことで、「これは薬効が重なっているからいらない」「これは副作用が出ているから止めるべき」といった、分かりやすいものから順番に減薬(薬の種類や量を減らすこと)していくことができます。毎週水曜日、患者さんの処方内容を一例ずつ検討し、減薬の対象になりそうな薬の候補を上げて、医師、看護師ら他職種とともにカンファレンスを行っています。
私も研修中、ポリファーマシーと思われる患者さんに介入しました。15種類ほどの薬を処方されていた90歳の患者さんでしたが、認知機能も落ちてきていて自分が何の薬を飲んでいるのかも理解できていない状況でした。処方薬の中に同効薬があり、「毎日飲むのが大変だ」という訴えもあったので、先輩薬剤師にアドバイスをもらいながらカンファレンスで提案しました。このケースでは最終的に減薬ができ、患者さんにも喜んでいただきました。
カンファレンスチームのメンバーに医師が含まれていることもあり、ほとんどの場合、診療科の医師は減薬の提案を受け入れてくれます。薬局では患者さんの次の来局までに間が空いてしまい、病状コントロールがうまくいかない場合のリスクを考えると減薬しづらいということはよく聞きます。その点、病院は患者さんの状況を24時間モニタリングできるので、減薬に取り組みやすいといえます。
また当院では、積極的に薬剤師が処方支援を行っています。処方支援は、手術や検査、治療、診察などで多忙な医師の負担を軽減するために開始したもので、医師の働き方改革の一環ですが、これによって薬剤師は主体的に薬物治療に関わることになるため、責任感が生まれます。この動きは、これからますます広がっていくと考えます。
これらに加えて病院薬剤師には「薬の有効性・安全性だけでなく、経済性を考慮した最良の選択をする」という役割も求められていると考えます。「効果は高いが価格も高い」薬を際限なく使っていたら、国民皆保険制度は破綻してしまいます。病院薬剤師は経済性も含めた総合的なマネジメントをする必要があります。地域の経済を考慮すると、病院が勝手にルールづくりをするわけにはいきませんから、そこでは地域の医療従事者と円滑に連携するためのコミュニケーション能力が必要になると思います。
病院薬剤師の仕事

薬局と連携を図り、安全な薬物療法を提供
――医療技術が進歩したことにより、入院日数が短期化され、入院前と退院後の情報共有の重要性が言われていますが、どのような取り組みをしていますか?
患者さんが入院してこられた時点で何の薬を服薬しているのかを把握することは重要なことです。抗血小板薬や抗凝固薬など術前に禁止すべき薬剤を服用中であることを聞き漏らした場合、手術を延期しないといけなくなったり、患者さんに悪影響が生じたりすることが考えられるためです。
しかしながら、患者さんの中には、複数の医療機関を受診しており自分の飲んでいる薬を全て把握できていない方もいます。その場合、病院で服薬状況を漏れなく把握することは困難です。一方、かかりつけ薬局は、患者さんの手術や入退院情報を得る手段はなく、「しばらく来局しない患者さんが、実は入院していた」というケースも珍しくありません。そのため、入院中の治療内容が分からず、入院前後で処方薬が変更されても十分な服薬指導ができないケースがありました。
これらの問題を解決するため、2021年の8月から、当院と地域の薬局との間で入院患者の情報共有を始めました。病院からは、情報共有に同意した患者さんの、入院や手術などの予定、術前に休薬すべき薬の情報、退院時カンファレンスの開催日程、入院中の投薬歴、副作用発現状況、アドヒアランス※3などの情報を伝え、薬局からは、現在服用中の薬、健康食品・サプリメント、副作用歴、服薬状況などの情報を伝えてもらいます。
――情報共有にあたって、何を大切にしていますか
薬局からは、単に薬のリストだけでなく、「患者さんが、その薬を飲みたいと思っているのかどうか」などの患者さんの意向や療養環境を共有してもらうことが大切だと思っています。例えば、患者さんが「薬を減らしたい」と思っていても、処方医に言い出せないでいる――そういった情報を病院薬剤師に伝えてもらえれば、入院中に患者さんの思いに寄り添った薬物治療の計画を立てることができます。

――円滑な連携のために、行っている取り組みなどがあれば教えてください。
月に1回、薬局薬剤師を招いて「高齢者のお薬を考える会」と名付けた研修会を開催しています。そこでは当院の医師が「こういった症例は、こういう考えをもとに、このような処方をしている」という情報を発信しています。当院の薬剤師も発信したり、一緒に学んだりして、薬局薬剤師とつながる大切なコミュニケーションの場になっています。
6年間で学んだ実地のスキル
――大学時代の臨床実習について教えてください。
6年制薬学教育では臨床での実務実習が必修化されています。ここで得た経験が病院での勤務に活きています。実地で学ぶことで就職への不安が緩和され、学んだ内容は働き始めてからも役に立っています。実際に患者さんのところへ行ってどのように話を伺うのかというスキルや、患者さんを直接みて話さなければ分からない処方の理由など、座学だけでは理解できないことを学べました。薬局で2カ月半、病院で2カ月半、それぞれの実習で学べることは違いますが、両方の視点を学ぶことが大切だと感じます。

私は幼少期から、人の心を動かすことをしたいという思いがありました。そのため、大学では、アイドルグループをつくる企画のオーデションに合格し、入学式でのパフォーマンスなどの活動をしました。また、海藻のアカモクについて研究し、産地の方に協力して販売促進活動をしました。
病院で働き始めて、院内にはさまざまな職種のスタッフがいることや、さまざまな患者さんがいらっしゃることを実感しました。円滑なコミュニケーションがとれなければ、仕事ができませんし、患者さんとも関わっていけません。大学時代の活動によってコミュニケーション能力が培えたことは確実に役立っていると思います。
学生は社会人と比べ、圧倒的に時間があります。自分でやりたいことを見つけて、真剣に取り組んだ経験は、社会人になってからも活きてきます。学生時代には、勉強だけにとどまらず、さまざまなことにチャレンジしてほしいと思います。
※1高度急性期病院 : 急性期にある患者さんに対して高度な治療を行える病院
※2化学療法センター : 外来の患者さんに抗がん剤の点滴・注射治療を行うところ
※3アドヒアランス : 患者さんが治療方針の決定に賛同し積極的に治療を受けること