【座談会】6年制薬学部での学びと将来は?
- 広告用アカウント any creative
- 1月5日
- 読了時間: 9分
更新日:3月6日
特集
未来の社会や地域を見据え、多様な場や人をつなぎ活躍する薬剤師
座談会―大学教員が、薬学部志望の高校生の疑問に答える―

6年制薬学部が発足して17年がたち、6年制薬学部で学んだ多くの人材が、医療をはじめとする幅広い世界で活躍しています。しかしながら、4年制の薬学部も併存する中、その違いや2年延長された意義が、社会にしっかりと理解されているわけではありません。そこで、薬学部を志望する高校生を招き、学びの内容や卒業後の進路、薬剤師の未来について、薬学部の教員に自由に質問をしていただきました。
6年制と4年制、学ぶ内容に違いは?
―薬剤師になるなら、6年制での学びが必須
井上圭三会長(以下井上):本日は、薬学部志望の高校生から質問をいただいて、6年制薬学部や薬剤師の仕事について解説したいと思います。6年制と4年制と両方があって、その違いが分かりにくいとよくいわれますが、お二人はいかがですか。
横井千乃さん(以下横井):学ぶ内容や将来就ける職業の違いを知りたいと思います。
八橋咲瑛子さん(以下八橋):以前はすべて4年制だったと聞いています。その伸びた2年でどんなことが追加されたのか、疑問に思っていました。
大津史子教授(以下大津):医療現場で薬物治療に携わる薬剤師の役割がだんだん大きくなってきて、薬を有効に安全に使ううえで責任を果たす薬剤師を養成するには、医師や歯科医師と同じ6年間が必要だということになったのです。薬剤師になるためには国家試験に合格する必要があります。国家試験は、6年制の薬学部を卒業していないと受験できませんから、薬剤師になりたいと考えている人は6年制の薬学部で学ぶことが必須です。
亀井美和子教授(以下亀井):4年制も、薬の専門家を育成する学科です。主に薬の開発、創薬に関連する勉強が多くなります。
私は4年制しかない頃に薬学部を卒業しましたが、短期間の病院実習はあるものの、病気のこと、患者さん心理など、臨床について大学の授業でしっかり学ぶ機会は少なかったですね。医療現場や社会から、臨床のスキルを磨いてほしいとの声があり6年制になりました。単に、実習をするために2年間増えたということではなく、日々進歩する医療について深く理解するために、以前よりも時間をかけて多くのことを吸収する必要が出てきたのです。
基礎となる化学、物理、生物の学習に始まりますが、薬物や人の体についても並行して学び、臨床の知識、技能を身につけていきます。また、入学から卒業までを通じて、医療人としての倫理観を身につけていきます。
大津:現在の医療現場では薬剤師が医師に薬について提案したり、質問を受けたりすることは当たり前になっています。6年間しっかり学んでこそ、薬のプロフェッショナルとして対等にディスカッションする力がつきます。
また、6年制薬学部出身者が必ず薬剤師として働くとは限りません。製薬企業や行政で活躍する人もいますし、少し変わったところでは麻薬取締官となる人もいます。薬局や病院以外の仕事でも、臨床で活躍できる技能をもっていることは大きな強みになります。
八橋:薬剤師になるために、薬剤師国家試験のほかに必要なものはありますか。
井上:6年制薬学部を卒業するためには、5年次の臨床実習を修了していないといけません。臨床実習を受けるには、4年次修了後に、薬剤師資格を持たない学生が臨床実習を行うにあたり、学生の知識・技能・態度が一定のレベルに到達していることを保証する共用試験と呼ばれるテストに合格する必要があります。

横井:製薬企業の仕事にも興味があるのですが、6年制でも薬をつくる勉強はできますか。
大津:もちろんそういう科目もあります。薬の構造式から、構造ごとの性質を学び、薬の開発の流れも学習します。また、薬がどのように体に吸収されるかを考えて、注射ではなく口から飲める薬をつくるなど、製剤の工夫についてもたくさん学びます。
亀井:あまり知られていませんが、製薬企業の役職の中には、薬剤師の資格が求められるものがあります。そういうこともあり、6年制の薬学部でも医薬品の製造や品質管理・安全管理などをしっかり勉強します。
病院と薬局での臨床実習では何をする?
―見学するだけでなく業務を実際に経験する
横井:臨床現場で実習があるということですが、どういった内容ですか。
大津:臨床実習と呼びますが、5年次に病院と薬局で2カ月半ずつ実習します。病院でも薬局でも、実際の薬剤師の仕事とほとんど同じことをします。これは、資格に対する考え方が、資格を取得してから能力を身につけるという考え方から、その能力のないものには資格を与えないという考え方に変わってきたことによります。そのために、臨床現場では、患者さんの同意と指導薬剤師の指導の下に、実際の薬剤師と同じことをしながら、能力を身につけていくのです。
したがって実習生は、薬局では、調剤もするし、患者さんとの対応もするし、患者さんの自宅に行って指導や、薬の副作用が出ていないかなどの確認もします。
病院も同じで、担当の患者さんを持って、ベッドサイドに行って患者さんを観察し、電子カルテの内容や検査データを見て考えて、どうしたらよりよい治療になるのか、指導薬剤師や医師とディスカッションします。

亀井:実習は本当にいろんなことをやりますね。病院では、カンファレンスといって、医師やその他の専門職種が集まって、患者さんの治療方針などについてディスカッションするのですが、その中に実習生も入って経験することができます。
薬局では一般用医薬品(市販薬)の実習もあり、医師からの処方箋ではなく市販薬を買いに来たお客さんの対応も実際の場面で学びます。
八橋:国家試験でも実習に関することが出題されるのですか。それとも知識的なところが問われるのですか。
大津:臨床実習で修得した知識や技能を活用して有効な薬を選択することなどが問われます。例えば症例を扱う問題。年齢、性別、これまでの経過、検査データや現在の治療内容が提示されて、「この患者さんがこういうことを訴えていますが、この患者さんの今の状態に対して、最も適している薬はどれでしょう」というような問題が出ます。知識を問うてはいるけれども、いろいろな知識を統合して考える能力が必要になります。
亀井:実習で経験したことを思い出すと、症例で描かれた患者さんをイメージできると学生は言いますから、実習によって知識が定着し考察力が向上することは間違いないと思います。
ITの発展で薬剤師は仕事がなくなる?
―ITを活用し、質の高い医療サービスを提供する
八橋:薬局で働いている母から、薬局でも機械の導入が進んでいると聞いています。私も薬剤師を目指しているのですが、この先技術が今より進歩していくと、薬剤師の仕事はどのように変わっていくのでしょうか。
亀井:機械化が進むと薬剤師がやることがなくなるのではと不安な気持ちになるかもしれません。確かに医療の中には、人間よりも機械が役立つ仕事はたくさんあります。でも、だからといって薬剤師の仕事が減るかといったら実はそうではないのです。機械にできることは機械にしてもらって、より薬剤師の専門知識の必要な仕事に時間を割く余裕が出てきます。例えば、処方薬がうまく使えなかったり、不安があるのに医師と薬についてきちんと話せていなかったり、薬のことで困っているという人は意外に多くいらっしゃいますから、そういう方々に個別にアドバイスすることもできるでしょう。

大津:薬学部では、病気がどうして起こるのか、そこに薬がどのようにして効き目を現すのか、反対に、どうして副作用が起こるのかなどについて詳しく学びます。また、先ほど、製剤の話をしましたが、錠剤、カプセル、吸入、注射などを比べて、飲み込みが悪くなっている高齢者には、どの剤形が一番適しているか、薬が口から体の中に入って、どこを通って、どうやって体の外に出て行くか、腎臓が悪い人はどうなるのか、こういったことを詳しく学ぶのです。これらの知識を統合して、今、目の前にいる患者さんの病気の状態や療養している環境なども考え、最も適切な薬はどれか、どのぐらいの量を使うべきで、どんな剤形が適切かを考えることができるようになります。
つまり、患者さん一人ひとりに対して最善最適な薬物治療を提供する、〝個別最適化〞が求められており、これは、デジタル技術やAIだけでは、対応が難しいのです。計算や数を数えるなどの作業は機械に任せて、できた時間を患者さんとのコミュニケーションにあてれば、体調や生活での困り事を聞き出して個別の対応を多くすることもできます。機械化、デジタル化で、薬剤師はもっともっと活躍できるようになるのです。
亀井:薬学部では、予防や健康維持という観点でも勉強をします。ですから薬剤師はよい健康アドバイザーにもなれます。地域の薬局では、そういう活躍も増えてくるので、そんな薬剤師を目指していただけるとうれしいなと思います。
井上:このたび医学・歯学・薬学の教育目標の共通化が図られた「モデル・コア・カリキュラム」が作成されました。モデル・コア・カリキュラムは学生の皆さんが医療人として活躍する2040年以降の社会も想定したものとなっており、亀井先生と大津先生はその作成にかかわってくれました。
人の命と健康に関わる分野ですから、それだけ活躍できるということは、その分覚悟が要りますね。そういう意味では、今以上に薬剤師はやりがいのある仕事になっていくと思います。薬剤師は陰で目立たない存在というイメージもあったと思いますが、社会からの要請もあり、医療現場で前面に出て重要な責任を担って活躍する職業です。教育でも、そんな活躍ができる薬剤師を育てるべく努力しています。ぜひ、6年制薬学部に進学して、他の学部ではできない学びを修めてほしいと思います。本日はありがとうございました。


変化する薬剤師の役割 薬剤師の役割は社会のニーズに応じて時代とともに変化する。医療の進歩に伴い、幅広く薬物治療や公衆衛生活動にかかわる総合的な資質を持つ薬剤師のほかに、特定領域に関する深い専門知識・技能を持つ薬剤師が必要とされ、がん専門薬剤師、緩和薬物療法認定薬剤師、栄養サポートチーム専門療法士、スポーツファーマシスト等の資格を持つ薬剤師も活躍するようになった。今後はAIやICT技術が一層進み、薬剤師の業務もこれらの活用で一層進化することが期待される。データサイエンスに精通し、IT専門家と協働して、薬に関連した医療ITの構築に積極的に関与する薬剤師も育ちつつある。
モデル・コア・カリキュラム
医療系教育(医学・歯学・薬学・看護学)では、文部科学省の指導に基づいて、各大学の教育の質の確保を目指して、モデルとなるカリキュラムが策定されている。各大学はこのモデル・コア・カリキュラムを基準に、それぞれの大学の理念、方針に基づいて、独自のカリキュラムを構築することになる。社会のニーズの変化に沿って定期的な改訂が行われ、今回の改訂は2024年(令和6年)からの新入生から適用される。激動する社会への対応を意識した改訂であり、医学、歯学、薬学が共通の目標である「未来の社会や地域を見据え、多様な場や人をつなぎ活躍できる医療人の養成」を目指して策定された。日本私立薬科大学協会も本改訂作業にかかわった。
剤形:錠剤、カプセル、粉、注射、軟膏、点眼など、薬の形のこと。同じ成分でも、剤形によって、効き目や持続時間、副作用などが異なる場合がある