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災害医療にかかわる

更新日:3月6日

特集 生命をささえる薬剤師

〜DMATでの経験を活かし、コロナ禍のクルーズ船で薬剤師ならではの職能を発揮


国立病院機構大阪医療センター 飯沼公英さん


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災害が起きると、専門的な訓練を受けた医療チーム「DMAT(脚注参照)」が現地の医療支援に派遣されます。国立病院機構大阪医療センターで薬剤師として働く飯沼公英さんは、DMAT隊員として、地震や水害の被災現場に派遣された経験を持っています。2020年には、新型コロナウイルス感染症患者が発生して乗客が船内で隔離されることとなったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」でも活動したそうです。船内での活動は医療の需要と供給のバランスが崩れた、まさに災害医療の現場でした。ここでは飯沼さんに、災害医療やDMATの活動についてうかがいました。


不明確な情報の中で適切な薬を乗客に届ける


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――まず、DMATの概要を教えてください。

 基本的には、医師、看護師、薬剤師などで構成され、病院単位でチームを組んで被災した現場に派遣されます。チームの中には診療放射線技師、臨床検査技師などの医療職のほか、病院の事務職の方もいます。どの職種であっても、研修を受けて、DMAT隊員の資格を得る必要があります。

――ダイヤモンド・プリンセス号の船内での活動について教えてください。

 ダイヤモンド・プリンセス号には、DMATとして派遣されたのではありません。

現場で薬剤師が不足し、病院に薬剤師確保の依頼がきて、DMAT隊員である私が命を受けました。災害医療の経験はあっても、感染症ということで事情がだいぶ異なります。正直いって、行くかどうかとても迷いましたが、家族にも背中を押され決意しました。

――薬剤師が不足していたというのはどういう事情だったのでしょうか。

 クルーズ船の乗客には、何らかの持病があって薬を飲んでいる高齢の方が多く、2週間の隔離により持参していた薬が切れてしまうため、いつもの薬を続けられるようにする必要が生じたのです。

 しかし、乗員乗客合わせて3000人以上がいるところ、医師が一人ひとり診察をして処方箋を書くことは不可能でした。そこで、乗客用にリクエストフォームを作り、必要な薬剤名、分量などを記載してもらって、薬剤師が確認して渡すようにしましたが、わずか数名の薬剤師で対応できる仕事量ではなかったのです。


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ダイヤモンド・プリンセス号での活動の様子。イギリス船籍のため、超法規的に薬剤師が合議制で薬の内容を決めた。
ダイヤモンド・プリンセス号での活動の様子。イギリス船籍のため、超法規的に薬剤師が合議制で薬の内容を決めた。

――そうしたことは報道されていませんでしたが、大変なことになっていたのですね。

 患者さんは、薬の名前を覚えているとは限らず、分量も定かではありません。はっきりわかっても同じ薬を調達できない場合もあり、同じ効果のある薬で代用することもありました。外国の方の場合は、日本で流通していない薬を服用されていることもあるので、ネットを駆使してどんな成分を使った何の薬なのか調べて、日本ではこの薬に当たるというのを探っていきました。


薬剤師が合議して決める生命を守るための超法規的措置


――特別印象的なエピソードはありましたか。

 先ほど、患者さんが分量を正確に覚えていないという話をしましたが、間違った分量を投与すれば、効果が出ずに病状が悪化したり重い副作用が出たり、患者さんに不利益があることも珍しくありません。薬のリクエストを見て適切な分量を判断することは本当に難しかったです。薬剤師チームで合議して「この分量であれば、重篤な不利益はないのではないか」と決めていったことは、とても印象深い経験となりました。

 通常であれば、医師が診察をして処方箋を出します。薬剤師はその処方箋を鑑査し、分量など何か問題があれば、医師に確認を取り、修正します。しかし、今回は、外国船籍の船内で例外中の例外だったという事情があり、そして何より、持病を抱えた皆さんに薬が行き渡らなければ生命に関わります。人道的な支援が必要とされる状況であるため、超法規的に薬剤師が合議制で決める形を採用しました(脚注参照)

 DMATでは日本の法律に則った活動をしますから、災害時でも、このような経験はすることはないと思います。日頃から、薬剤師としての発言や判断には責任を持つことを大切にしていますが、この経験によって、さらにその思いを強くできました。


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飯沼さんは、これまでに熊本地震や台風の被害を受けた大阪などの被災地で、DMATの一員として活動した。
飯沼さんは、これまでに熊本地震や台風の被害を受けた大阪などの被災地で、DMATの一員として活動した。

医療の需要と供給のバランスが崩れる

災害医療


――災害医療に携わるための心構えを教えてください。

 チームが何をするのかは、その現場によって異なります。診療がメインの場合もありますし、現場マネジメントがメインのこともあります。これを説明するためには、災害医療とは何かをお話しする必要がありますね。

 災害医療は救急医療と似たところがあります。救急医療では緊急で治療が必要な人を救急車で搬送して迅速に治療しま

す。

この場合は、患者さんは1人とか2人です。病院には医師、看護師、その他の医療職など、多くの専門職がいて、医療機材もしっかり備わり、医療資源が潤沢にあります。しかし災害時は、迅速な治療が必要な点は同じですが、患者さんが多数になって医療専門職の数が不足します。病院も被災すれば設備が整わない状態となることもあります。

 このように、災害時には、医療の需要と供給のバランスが崩れた状態になるので、このバランスを正常な状態に持っていくことが災害医療の基本となります。そのために、それぞれができることをしますから、医師は医師の仕事に専念するというようなことはありません。

チームとして、被災地の病院で診療の支援、患者さんの搬送、被災現場での医療活動、さまざまなことを行います。

 今回派遣されたダイヤモンド・プリンセス号のケースも「大量の患者さんと圧倒的に少ない医療従事者」という、需要と供給のバランスが崩れた、まさに災害医療の現場でした。

――これまでに、どんな災害現場に派遣されたのでしょうか。

 2016年の熊本地震、強風によりタンカーが連絡橋に衝突し、関西国際空港が孤立状態となった2018年の台風21号、2020年の熊本県人吉市の水害などで活動しました。

――DMATの活動をすることで、日頃の仕事にもよい影響がありますか。

 病院薬剤師の仕事では、病院外の人との交流があまり多くありません。しかしDMATでは、研修を通し、他の病院のいろいろな専門職の人と議論して、コミュニティーを広げることができます。勉強にもなり、楽しくもあり、とてもよい刺激になっていると思います。

――今後の目標を教えてください。

 DMATの活動は今後も続けていきます。薬剤師という職能にこだわらず、医療従事者として、被災地で必要とされることを全力でやっていきたいと思います。

 「災害医療で役に立ちたい」という思いを持っている人には、ぜひDMATをはじめとして災害医療に関わってほしいと思いますので、後進の指導も頑張っていきます。医療に携わる人には、医療の現場は病院や地域のクリニックなどがすべてではないことを知ってほしいと思っています。


災害時に司令塔となるDMAT事務局。医療資源の有効活用のために情報収集および、各医療機関に派遣要請を行う。
災害時に司令塔となるDMAT事務局。医療資源の有効活用のために情報収集および、各医療機関に派遣要請を行う。

大阪医療センターのDMAT隊員の皆さん
大阪医療センターのDMAT隊員の皆さん


※1DMAT(ディーマット)

災害派遣医療チーム。「DisasterMedicalAssistanceTeam」の頭文字をとっている。2005年4月に発足。1995年の阪神・淡路大震災の時、災害直後の医療供給体制が遅れたために救命できなかった人が相当数いた可能性が指摘され、その教訓をもとに、災害現場で医療提供できる体制が整えられた。災害直後の医療を担えるよう専門の訓練を受け資格を取得したDMAT隊員が参加できる。隊員は資格取得後も実践的な訓練を定期的に受ける。

※2

クルーズ船内は、その船が所属する国と見なされる。ダイヤモンド・プリンセス号は横浜港に停泊していたが、船籍のあるイギリスと見なされ、日本国内の法律は適用されないと解釈された。

 
 
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